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【私の少年】真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を、女だって欲してる


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【私の少年】真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を、女だって欲してる 

 私の周りで最近とあるマンガが話題になっています。そのマンガと言うのが「私の少年」という作品です。

 

【私の少年】真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を、女だって欲してる 
出典:Amazon

 

私の少年」を簡単に説明すると、30歳の会社員・聡子が近所に住む真修という少年とサッカーを通して仲良くなり、絆を深めていく物語です。恋愛というよりも純粋にお互いを求めあう二人の姿が描写されることが多いのですが、年の差恋愛を描いたマンガだと言っていい作品だと思います。

 

たぶん10代の若い子から見ると、聡子のような成熟した大人の女性が真修のような純粋無垢な少年に必要以上に構い、求める姿というのは見ていて気持ちの良いものではないでしょう。

 

でも真修のような純粋に自分を求め、肯定してくれる存在を欲する聡子の気持ちが、私にはわかります。だって世の中には、自分を拒絶し、人格を否定してくる男性がとても多いからです。

 

そのため多くの女性は心が傷だらけです。だからこそ真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を欲し、執着してしまうのです。自分の心を癒し、これ以上傷つきたくないから。

 

よく「男性が若い女性を求めるのは若いからこそ自分を否定しないで受け入れてくれるからだ」と言いますが、女性にもそういう心があるのだと私は思います。

 

聡子を純粋に求め、肯定してくれる真修

 聡子は大手企業に勤める会社員です。会社での人間関係もそこそこ良く、一人暮らしもしていて大きな不満のない生活を送っているごく一般的な大人の女性です。

 

でも聡子には自分を必要としてくれる存在がいません。家族は遠く離れた土地で暮らしているし、恋人もいなくて独身。毎日仕事後にビールを飲むことを生きがいに生活しています。

 

はっきりとは描かれていませんが聡子は自分の人生を「なんだかなぁ」と思っているはずです。ぱっとしない、なあなあ、不満はないけれど充実感のない日々。聡子の生活は私から見るとそんな感じです。

 

そんな聡子の前に真修が現れます。真修は夜中の公園でひとり、サッカーの練習をしていた近所の少年です。

 

そんな真修の姿に「こんな夜中にひとりで練習なんて危ない」と気にかけはじめた聡子は成り行きで彼にサッカーを教えることになります。

 

【私の少年】真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を、女だって欲してる
出典:私の少年(1)

 

聡子の提案に純粋に喜ぶ真修。この時はじめて聡子の心からの笑みが描写されています。

 

自分が大人になると、やはり関わる人たちも大人になります。大人って純粋に感情を出すことを怖がります。幼稚、子供っぽいと言われる可能性があるからです。また子供のように純粋に正直に生きていくと、悪いことを考えた人たちにヒドイことをされることがあるからです。だからこうやって純粋に大げさに喜んでもらえる機会がぐっと減ります。

 

でも真修は子供で、喜びを素直に表現することができます。自分がしたことに純粋に大げさに喜んでくれる存在に飢えている大人にとって、こうやって喜んでもらえることは何よりも心の癒しになるのです。

 

このサッカーの練習を元に徐々に仲を深めていく聡子と真修。お互いのことを話すようになり、お互いがお互いを知るようになります。

 

そんなある日、聡子は同じ会社に勤める元カレ・椎川の行動により傷つき、「自分だけがこんなにも辛く、みんなはけっこう幸せなんじゃないか」と落ち込みます。そんな聡子に前に現れたのが真修です。

 

【私の少年】真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を、女だって欲してる
出典:私の少年(1)

 

突然 目の前で泣き始めた聡子を黙って抱きしめる真修。「なんで泣いてるの?」と質問攻めにすることもなく、オロオロすることもなく、ただただ泣いている聡子を受け入れる。

 

これができるってすごいことです。普通の子供はこんなことできるほど察する能力が高くないし、大人の男性でもできるかわかりません。でも泣いた時、こうしてもらいたいと考える女性は多いと思います。だって泣いていることを責められることの方がよっぽど多いからです。

 

この真修の抱擁には「泣いてもいいんだよ」「泣いても嫌いにならないよ」という、ありのままの聡子を肯定する意味があります。

 

真修との時間を過ごしはじめ、生き生きとしていく聡子。誰かに自分と言う存在を求められるということは自分の価値を再確認することができ、自分を肯定してもらえるということは未来への希望になります。

 

傷つけられ否定されることが多い大人の女性だからこそ、真修のような存在に惹かれてしまうのです。

 

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真修の対極として描かれる大人の男性・椎川

先ほども少し触れましたが「私の少年」には聡子の元カレとして椎川というキャラが登場します。同じ会社に勤務する上司で、大学時代の先輩です。

 

椎川はフレンドリーな明るい大人の男性として描かれていますが、聡子に何度も正論やイヤミをぶつけるキャラでもあります。

 

聡子に「希望」や「生きがい」といったキラキラしたものをくれる真修と比べ、「常識」や「現実」を運んでくるのが椎川なんだと思います。

 

 椎川がなれなれしく振る舞ってくるせいで、周りから「付き合ってるんじゃないの?」「お似合いだよ」と言われることの多い聡子。たぶんですが椎川のせいで聡子は職場の男性からアタックされる機会を失っています。

 

実際に椎川が聡子をどう思っているのかは4巻の時点では描かれていませんが、椎川にとって聡子はキープなんじゃないかなと思います。もしくは「自分を受け入れなかった聡子」に嫌がらせをしている可能性もあります。

 

その後、真修との関係がばれ、聡子は椎川に正論をぶつけられます。

 

【私の少年】真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を、女だって欲してる
出典:私の少年(2)

 

 真修に必要以上に構う聡子に対して「ぞっとする」「オカシイ」と言う椎川。

 

聡子は椎川に正論をぶつけられる前から、そんなことわかっていました。何度も「大丈夫だろうか」「これはダメなんじゃないだろうか」と悩む聡子の描写が出てきます。

 

よく男性に愚痴を言ったら正論を返されたという話を聞きますが、愚痴を言っている女性も本当はどうすればいいのかわかっていることが多いと思います。だって女性の方が男性よりも視野が広く、現実主義者だと言われていますからね。そしてだからこそわかっている正論をぶつけてくる男性に苛立つのです。なぜならバカにされ、「お前の話は聞きたくない」と拒絶されたように思えるから。

 

 

もし椎川が聡子が行っていることを「悪いことではない」と肯定し、正しい道に進もうと一緒に悩んでくれていたのならば二人の関係は違ったものになったかもしれませんね。

 

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まとめ

人は誰しも自分にコンプレックスを抱いていて、自分の価値をいまひとつ信じることができません。自分の価値を信じれることができるのは、強く純粋に自分の存在を求めらた時です。社会的に難しい位置にいる大人の女性はだからこそはペットを飼いたがり、子供を欲しがるのだと思います。

 

聡子にとって真修は最初「可愛いペット」に近かったのかもしれません。そして次第に「自分の子供」のようになり、最愛の存在になった。

 

【私の少年】真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を、女だって欲してる
出典:私の少年(2)

 

ただそばにいてほしい。

 

それこそ男女ともに求める「究極の愛」なのかもしれませんね。

 

 

参考にした本

 

【私の少年】真修のように純粋に自分を求め肯定してくれる存在を、女だって欲してる

私の少年 : 1 (アクションコミックス)
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